なぜ今年に限ってこの桜桃忌を思い出したかっていうと、何日か前の天声人語にとりあげられたからです。
そして、えもいわれぬ懐かしさがこみ上げてきたのでした。
桜桃忌を決して忘れなかった頃、桜桃忌を忘れようと努めた頃、いつの間にか桜桃忌を忘れていた頃、そして桜桃忌を懐かしむ今日この頃。
我が家の古い本棚に、筑摩書房版の太宰治全集13巻が並んでいます。
1冊420円、わたしの高校3年間のお小遣いほとんど全てがこの本につぎ込まれました。
そればかりか、高校3年間のほとんど全ての読書時間、家族よりも誰よりも濃密な時間をこの本とともに過ごしたのです。
その後、ある作家の作品を集中的に読むというクセは直らないのですが、あれほど深く、盲目的にのめり込んだことはたぶんないでしょう。
それはやはり、高校時代、思春期のなにか、まるで乾いたスポンジみたいに吸収するエネルギーのなせる業かもしれません。
文学にカブレてはいたものの、たぶん自信がなかたのでしょう、美術の方へと進路を変えてしまい、やがて太宰の本は本棚の中で忘れられてゆきました。
しかし、他の本らとともにヨメ入り道具の中にしまい込まれたのでした。
そして、かなり変色した背表紙が未だに行儀よく本棚に並んでいるってワケなのです。
6月19日は、太宰が玉川上水で入水心中し、その死体が発見された日である。
奇しくも39歳の誕生日に当ったため、この日を桜桃忌として太宰を偲ぶことに・・・・・
三鷹の禅林寺の太宰のお墓の側には森鴎外のお墓もあるという。
実は私は、モチロン禅林寺の桜桃忌にも行きたいが、生家金木町の「斜陽館」にぜひ行きたい。
「桜桃」は太宰晩年の短編で、私の本では「人間失格」の前に掲載されています。
「子供よりも親が大事、と思ひたい」という有名な冒頭は、他の多くの名文句「家庭の幸福は諸悪の根源」「生まれてきてすみません」などと共に、太宰の傑作の一つでしょう。
私が太宰治から受けた影響は、良くも悪くも今だに私の中で健在のようです。
今日はさくらんぼを食べて太宰を偲びたいと思います。