長い悪夢みたいだった「充たされざる者」の次に読んだイシグロ作品は、この「わたしたちが孤児だったころ」である。
主人公が私立探偵、ということなのだが、いわゆる何か事件を解決するような探偵小説ではない。
それどころか、主人公がどんな事件を解決したかについて、具体的に語られることもない。
全篇はPARTⅠからPARTⅦまで、日付と場所がきちんと記されているにもかかわらず、時代も場所も分らなくなり、迷子になったような気分になるのは相変わらず?である。
上海で暮らしていた主人公の両親が立て続けに失踪するという事件が起き、10歳でイギリスの叔母に引き取られることになる。
それ以来、いつか両親を捜しだすために、秘かに探偵になることを決意する。そして、ついには名探偵として世間に認められまでになるのである。
やがて彼は、満を持して両親を捜すために上海に舞い戻ることになる。時はちょうど日中戦争勃発の頃であった。しかし、この辺りからまたもや悪夢が始まるのである。
だいたい、両親の失踪から20年以上経っているのに、主人公は上海のある場所に幽閉されていると信じて救出に向かうのである。その描写が実におどろおどろしくまた長い。
かと思うとまた現実に戻り、両親の失踪の真実を彼は叔父の口から聴くことになる。母親が失踪した時、彼が騙されてついて行った叔父の口から。
そして、その真実は、彼の想像をはるかに超えたものだった。
わたしたちが孤児だったころ、とはいったい何時ころのことなのだろうか?
それは、まだ子どものころのことなのだろうか?
それとも、大人の真実を知ってしまうまでのこと、あるいは、親の愛を心から信じられるまでのこと?
静かな感動を与えつつ物語は終わったので、救われました。
これでひとまず、カズオ・イシグロから離れさせていただきます。