エイブラハム・リンカーンにかんして知っていることといえば、その昔教科書で習った程度である。
つまり、第16代アメリカ大統領、奴隷解放の父、有名なゲティスバーグ演説等など・・・
この映画は、そのリンカーンのおそらく一番エキサイティングな28日間が描かれ見応えまんてん。
しかも、公人と家庭人の二つの面から、強さや長所とともに欠点や現実的妥協もある人として。
南北戦争末期の1865年1月、大統領に再選されたリンカーンは奴隷制廃止のために憲法修正を決意、議会での可決をめざす。
そして、あらゆる手段を講じて票集めに奔走し、敵対する民主党議員の切り崩しをも画策する。
政治とは駆け引きであるが、そこに高い志がなくてはならない。
その1票をめぐる争いに、その緊張感に思わず引き込まれてしまう。
まるでサスペンス映画を観るようである。
法廷劇というのがあるが、この映画は議会劇とでもいえばいいのか。
結果は解っているのにハラハラ、手に汗握るのである。
歴史に残る大統領にも弱みがあって、妻だけは制御できなかったようである。
そんな妻との確執、また長男の反抗にもあうのだが、末息子とのふれあいにこころ癒される。
またなにより、名演説ばかりではない、ウイットに富んだ語り口が印象的。
たんなる英雄としての姿ばかりではない、人間リンカーンが描かれいて興味深い。
スピルバーグ監督作品としては今までの映画と違い映像が極力抑えられており、色の印象がほとんどないモノクロ映画のようである。
映画の最初にちょっと戦闘場面が入る以外は、舞台も議場か同じ室内が多い。
「映像よりもリンカーンの素晴らしいことばや存在感が第一だった」とスピルバ―グは言う。
リンカーンを演じたダニエル・デイ=ルイス、アカデミー賞最優秀男優賞に輝いたのは納得の演技。
リンカーンといえば、当分彼の顔や姿が思い浮かぶことだろう。
余談ではあるが、アカデミー賞授賞式でのダニエル・デイ=ルイスのスピーチは、それこそウイットとユーモアに富んでリンカーンにも負けないくらいステキだった。
私の独断と偏見で、第85回アカデミー賞最優秀作品賞はこの「リンカーン」に差し上げます。