ひとりあそび


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「コンビニ人間」

芥川賞は卒業なんぞと言った舌の根も乾かぬうちに、今回の芥川賞を早速読むことに。
それは先日読んだばかりの「消滅世界」の村田紗耶香が偶々受賞したからである。

ここ数年芥川賞作品はだいたい読んできたが、「コンビニ人間」は読みやすく、面白い。
コンビニという、今や最も日常的で生活に密着した場所が、ガラスのケースの中の異次元に見えたりしてくる。

c0026824_1181857.jpg


主人公古倉恵子は、コンビニでのバイト歴18年、マニュアル化したコンビニ店員としてしか生きてゆけない。
そんな就職もせず結婚もしない彼女を、家族や友人や同僚でさえ異端視する。
しかし、婚活目的の新入り男性が現れて、しかも物の弾みで同居することになり、事態が急変していく・・・

ここで問われるのは、普通とは何かということであり、正常と異常、あるいはマジョリティーとマイノリティーの問題である。
そして、これはなかなかに難しい問題なのである。

そういう点で、この小説にかんしては、あまりに短絡的な気がしないではない。
今どき、就職もせず結婚もしない人間はけっして珍しくはないし、選ぶ自由はある。
他人の思惑なんぞ気にせず、自分は自分、他人は他人で生きていけばよいのである。

「消滅世界」では、性と生殖を切り離した人間の近未来が描かれていた。
また「コンビニ人間」は、主人公のようにマニュアル化されないと生きてゆけない、人間のロボット化をふと思わせた。
それが、「遺伝子の呪縛から脱することに成功した唯一の生物(福岡伸一)」である人間の幸福、あるいは不幸なのかも。。。
by fu-minblog | 2016-07-30 10:55 | | Comments(0)

さよなら芥川賞

第154回芥川賞受賞作品を、文芸春秋で読んでみた。
今回も前回と同じく受賞者が二人、二作品なので、文春で読むのがお得のハズだった。

c0026824_17491651.jpg


本谷有希子氏の「異類婚姻譚」は、夫婦という赤の他人同士が、いつの間にか同化してゆくというブキミな話が、淡々とした文章で綴られる。
リアルとシュールの境目があいまいなまま二人の暮らしは続くのだが、やがて・・・
私的には、けっこう面白く読んだのに、最後でずっこけました。
それまでの旦那の描写からは、山芍薬とは似ても似つかないものを想像していたもので・・・

もう一篇の滝口悠生氏の「死んでいない者」、祖父の通夜に集まった親戚一同の話なのだが、
こちらは、ニガテな小説って、こんなに読むのに苦労し、時間がかかるものかを痛感した。
まず、登場人物が多すぎて、人物相関図がないとわけわからない。
これは私の個人的好みでしかないが、登場人物が多いのは嫌い、ましてや、そのほとんどが血の繋がった親戚だなんて、身の毛もよだつってもんである。
べつに、登場人物が少なくても長い小説や面白い小説は書けるハズ、だと思う。

そんなわけで今回は、私みたいなシロウトが、芥川賞受賞作を読む限界をつくづく思い知った次第。
なので、これを最後に芥川賞とは決別することにしよう、と思うのだった。
by fu-minblog | 2016-02-25 22:36 | | Comments(0)

二作の芥川賞

たしか一週間前のこと、芥川賞発表の文芸春秋をいち早く買ったのは。
その後すぐに読んだのだが、何となくそのままになっていた。

今回は、又吉直樹と羽田圭介という二人の若手男性作家がダブル受賞して話題を集めた。
これは、第130回の金原ひとみと綿矢りさのダブル受賞以来のことではないか。
とくに、お笑い芸人である又吉直樹の受賞は、本の売り上げに大いに貢献しているようである。
私のように、芥川賞は文春で読むことが多い者にとっては、今回は二作も読めて得した気分である。


c0026824_14443936.jpgさて話題の「火花」、正直そんなに読み易い小説ではない。

ハタチのお笑い芸人徳永と、彼が師匠と仰ぐ破滅型の先輩芸人神谷との、約10年間の交流が描かれる。そのやりとり(とくに二人の会話)が、火花のようにぶつかり合い、刺激的で面白い。ただ、全体的なストーリーは、ほとんど印象に残らないのである。

私はじつは、お笑い番組をほとんど見ないので、お笑い芸人としての又吉直樹を知らない。なのでエラそうには言えないのだが、この小説は、又吉直樹のお笑い、あるいはお笑い芸人というものに対する自分の理論を、小説として語っているのではないか、と思ったのだった。徳永と神谷という相反するタイプの二人の芸人を通して。

そしてつくづく、お笑いって、こんなに理屈っぽいもんなん!と感心したのだった。
こんなに真面目でひたむきな青年が他にいるだろうか、とさえ思ったのだった。


もう一作の「スクラップ・アンド・ビルド」の方が私には読み易かった。
超高齢化社会に一石を投じる作品?

高齢の祖父と就職浪人中の孫の健斗のお話で、健斗は祖父の介護を過剰なまでにする。
しかし、それはけっして微笑ましい関係なのではなく、死にたいと口走る祖父の望みを叶えるためなのである。

ただ、それってちょっと違うんじゃない?と、私みたいな老人は思うのである。
それこそ、ボケて寝たきりで、しかも死なない老人を増やすことになるよ、と言いたいのである。
げんに、健斗より祖父の方がよっぽどしたたかにさえ思える。

生まれるのは偶然、死ぬのは必然のわたしたち、とかくこの世は生きにくい。

又吉、羽田両氏の今後の活躍を期待します。
by fu-minblog | 2015-08-14 16:03 | | Comments(2)

「九年前の祈り」

第152回芥川賞受賞作品「九年前の祈り」を久しぶりの文芸春秋で読んだ。
実は単行本を図書館で借りようとしたら、100人位の予約があったのである。
それに、作者には悪いけど、文春だと他の記事も読めるので・・・

c0026824_1752429.jpg


読み易い文章(金井美恵子を読んだ後なのでなおさら)なのですぐに読めるのだが、印象もうすい。
30代のシングルマザーさなえが、幼い息子を連れて故郷の海辺の小さな集落に帰ってくる。
美しい顔立ちの息子はカナダ人とのハーフなのだが、何かのキッカケで引きちぎられたミミズのようにのたうちまわり泣きわめく子供でもあった。

偶々母から聴いた渡辺ミツの息子の病気の話しから、さなえは九年前のある出来事を思い出す。
九年前、さなえは地元の女性(親子ほども年上の)7人とカナダへ旅行をした。
その中の一人みっちゃん姉こと渡辺ミツのことは、さなえの記憶の中で鮮明に残っていた。
九年前と同じつないでいた手を放すという行為から、過去は現在に重なり、難しい母と子の関係をときほぐしていく?

これは母と子の物語なのかもしれないが、私には過去の記憶の物語でもある。
過去の記憶は、それが記憶として蘇るときはいつも現在なのである。
記憶に過去はなく、現在は過去の記憶とともにあるのではないだろうか。

会話が方言なのはいいが、方言といえば田中慎弥の「共喰い」の方が印象的。
また、ぐずる子供の表現として、引きちぎられたミミズ、というのは、子どもを育てた経験者には違和感が拭えない。
もっとほかに例えようがないものかと、考えたら寝られなくなりそうなので考えない。
by fu-minblog | 2015-02-12 22:28 | | Comments(0)

日常と非日常

第150回芥川賞受賞作「穴」を、文春で読むハズがつい単行本を買ってしまった。
そして今日読んだわけなのだが・・・

c0026824_17421486.png穴に落ちることから不思議の国のアリスや日常の中の非日常ということでカフカの名前が出てきたりするが、まったく違う。

前半の派遣労働者として働く主人公のあまりにベタな日常描写、しかも長い。
それが夫の実家の隣に引っ越すことになり、同時に専業主婦になった彼女が、ある日姑に頼まれてコンビニに行く途中に見た奇妙な獣、そのあとを追いかけて穴に落ちるところから日常のなかに非日常が紛れ込む。

唐突に現れる夫の引きこもりの兄、雨の日でも庭に水を撒く義祖父、突然わいて出る子どもたちと、非日常を暗示するような人物が次々登場するのだが、最後はまた日常に戻りコンビニで働くようになるというオチ。


単行本なので、あと2編、というか1篇とその続篇が掲載されているのだが、そちらの方がちょっと不気味でなぜかゾクっとした。

日常と非日常の境目はどこにあるのか、考えたら今夜寝れなくなりそうなのでやめておく。
by fu-minblog | 2014-02-02 20:26 | | Comments(0)

「爪と目」とわたし

第149回芥川賞受賞作「爪と目」を昨夜から読みはじめ、真夜中目覚めて読み終わった。
毎晩寝室をギンギンに冷やして本を読み、眠くなったらエアコンを消してすぐ寝る、という生活。
ところが、たまに真夜中暑さで目が覚めることがあり、本の続きを読むハメになる。

(今回は、単行本ではなく芥川賞掲載の文春で読んだので、本の画像は新潮社からお借りした)

c0026824_16593922.jpg三歳の女の子が、父の愛人から実母の死によって義母になろうとする年上の女を、あなたという二人称で語る。三人はやがて家族として一緒に暮らすようになるのだが、そこにいわゆる家族愛はない。

母の死以来女の子は爪を噛むようになる。また、父とあなたと呼ばれる女が出会ったのが眼医者であり、女はコンタクトレンズによる目の不調に悩まされている。

女の古本屋の男との浮気やネットショッピング中毒などがあるが、三人の関係は保たれる。とにかく、父の存在がすこぶる希薄なのである。

女の子の爪を噛む癖と、女のコンタクトレンズへのこだわりが思い切りイタイラストに収斂してゆくのだが、けっしてホラーではない。子どもがすべて無邪気で可愛いと信じる人はべつとして。

さて、この小説を読んで、自分の爪と目に思いを馳せたのだった。
まず爪、私はもちろん噛む癖はないが、いつも短く切っていないと気が済まない。
すこしでも伸びると落ち着かず、マニキュアはおろか今流行のネイルアートも一切しない。

また目、私もまた眼医者とだけは縁が切れないのである。
近視ではなかったのでコンタクトを使用したことはないが、しっかり老眼鏡のお世話になっている。
そればかりか、ドライアイから今はウエットアイへと次々問題が生じている。

ゆえに、この爪と目という小説は、ある意味、私にとっては身近な?テーマなのであった。
すくなくとも、鼻と耳よりは・・・・・
by fu-minblog | 2013-08-12 18:59 | | Comments(0)

最年長と最年少

c0026824_186565.jpg

第148回芥川賞が発表されて以来、作者黒田夏子さんの年齢が話題になり、そのせいかどーか本がよく売れているようである。
おかげで、本屋に行っても無く、久しぶりにアマゾンに注文、ということになった。
野次馬根性、という点では私もさして変わらないのだが、横書き、ひらがな多用という「a b さんご」を読んでみんとて・・・

この本、黒田さんの約半世紀前の作品が三篇収録されており、縦書きのそれらと、横書きの本編がリバーシブル仕立てになっている。
「a b さんご」は、私的には、まるで古文を読んでいるような心地がした。
古文は最初ざっと読み、それから単語を調べつつ意味を理解してゆく。
ただ古文と違うところは、言葉の意味は辞書ではなく黒田さん独自の使い方にあるようである。

横書きにかんしては水村美苗氏の本にもあるが、漢字が少なくひらがなが多い文章は、区切りを間違えないよう注意して読まないといけない。
また、いくら横書きとはいえ日本語の場合コンマとピリオドではなく、てんとまるにしてほしい。
難解といえば難解、ただ、こうゆうカタチでしかあらわすことのできない世界だったのではないだろうか。

若かりし頃の三篇を読むと、当時から才能があったことがよく分かる。
なかでも、「虹」という作品が私はとりわけ好きである。
75歳で芥川賞受賞も快挙だが、それよりなにより、秘かに静かにずっと書き続けてこられたことのほうが素晴らしい、と私は思う。


c0026824_1862656.jpg野次馬ついでに、戦後最年少で直木賞受賞という朝井リョウ氏の「何者」も読んでみた。
もっと軽く読めると思っていたらあんがい重い。

就活が若者に落とす影のふかさに、今どきの若者に好意的な私としては心が痛む。
いったいいつから若者にこんな試練を与える社会に、国になってしまったのだろうか。

同時に、ネット社会の危うさも気になるところである。
老婆心ながら、若者よ孤立を恐れるな、と言いたい。
この「現代をとらえた斬新な青春小説」は、若者ではなくもっと上の世代が読むべきかもしれない。

もう一人の直木賞受賞者阿部龍太郎氏の「等伯」は図書館にリクエスト(すみません)したのだが、さていつのことになるのやら・・・
by fu-minblog | 2013-01-28 17:36 | | Comments(0)

芥川賞受賞の2冊

本のレビューは止めるつもりだったのだが、気が向いたらしてみんとて・・・
昨日たまたま本屋に行って、今期の芥川賞受賞2作品の単行本を見つけてしまった。
若かりし頃のように文芸雑誌を読むほど熱心ではないが、今だに、受賞した作品を単行本か文春で読む程度の好奇心は残っているようである。

今期の芥川賞は、まったくタイプの違う2作品が選ばれた。
純文学の王道と評される田中慎弥の「共喰い」と、前衛的な作品円城塔の「道化師の蝶」である。
どちらか片一方では、これからの日本文学の在り方としては不十分だということかもしれない。


c0026824_11454748.jpg「共喰い」は、17歳の息子とその父親との葛藤が息子の目を通して描かれる。しかも、性と暴力だけが肥大化して描かれている。

人類永遠のテーマではあるが、最初から最後までかなりしつこい。ただ、会話が全て方言であることが、ひとつの救いになっている。

パソコンも使わない、いわゆる今風ではない作者そのままに、作品も古めかしいといえば古めかしい。
しかし、注目を浴びた受賞インタビューもだが、時代に迎合しない姿勢は好きなので、応援したい。

この本には「第三紀層の魚」という作品も収録されているが、少年と曾祖父との年齢を超えた交流を通して、生と死が静かに描かれる。
二つの作品に共通しているのは、川や海といった水である。

c0026824_12231554.jpg「道化師の蝶」は、全篇を通してのストーリーはない。(と思う)
Ⅰ~Ⅴまでのパーツに別れていて、そのパーツごとに主人公が変わっているのである。
が、まったく繋がりがないわけでもないよーな・・・
いやはや、わけ解りません。

でも、読みにくいかといえばけっしてそうではなく、わりとサラサラ読めるのである。
つまり、長い詩を読むようなかんじ、とでもいうか。

なぜか料理や手芸のはなしが出てくるⅢ章は一番好きで、こんなステキな一節もある。
「わたしが忘れてしまうのは、記憶そのものではなくて、記憶の仕舞われる場所の住所だ。」

実は、こちらも「松ノ枝の記」という作品も収録されているのだが、おそれをなして?まだ読んでいない。


最近、テレビを見る時間が減った分、本を読む時間がますます増えている。
・・・てことは、我家に本がどんどん増殖するのである。
今や、本が机の上に平積み状態で置かれている始末。
地震があってもなくても、ヤバイ状態である。

でも、こーゆー時代遅れな人間も、だんだん少なくなっているとしたら、絶滅危惧種として存在するのもいいかも、と思う今日この頃である。
by fu-minblog | 2012-01-28 13:19 | | Comments(0)

「苦役列車」

まず始めに、この小説は文芸春秋で読みました。
心情的には単行本を買いたかったのだけど、とりあえず・・・
でも、この雑誌で読むと、なぜか読み辛いのは慣れてないせいなのか?
なんか、受ける印象まで変わるような気がする。

同じ芥川賞でも、「きことわ」とは全く違う作風で、いわゆる私小説である。
私の場合、世代的にか嗜好的にか、私小説はかなり読んでいる方なのだが、そういえば、最近は作品自体が減ってきているのかもしれない。


c0026824_12204567.jpg
作者西村賢太氏は、その私小説に拘り続けている作家のようである。
一つの分野に徹底的に拘り、追求するのは、いってみれば職人気質であり職人技である。
この「苦役列車」も、そんな職人技の作品ではないか、と思われる。

私小説なので実体験が語られるのだが、なかなか構成も巧みである。
日雇い労働者としてしか生きられないダメな自分と、同じ現場で知り合いやがてフツーの生活者となって去ってゆく若い学生が登場する。
しかし、果たしてどちらがどうかは、そう簡単に言える問題ではない、と思う。



主人公の賢太ならぬ貫多のみじめさが、これでもかこれでもかと語られる。
でも、あまり悲壮感がかんじられないのは私だけなのだろうか?

その時代や環境から逃れることはできないが、自分の生き方は自分で選んでいるのである。
たとえば、自由と孤独(孤独死も含めて)を選ぶか、束縛と仲間を選ぶか。。。

そして、私小説というのは、屡々自己の全否定の裏返しの全肯定であることがある、ということを知っておくべきである。
by fu-minblog | 2011-02-12 12:52 | | Comments(0)

「きことわ」

c0026824_10362326.jpg芥川賞受賞作品は文春で読むことが多いのだが、「きことわ」はちょっと先に読んでみたかった。

「流跡」の後に書かれた作品はどんなかな?と、興味があったからである。

まづ、「きことわ」というのが、何かいにしえの言葉かなと思っていたら、貴子と永遠子という名前を合わせたものだった。

その貴子と永遠子が、25年ぶりに一緒に過ごした別荘で再会することになる。

当時貴子は8歳永遠子は15歳、友だちというよりは姉妹のようだがほんとうの姉妹ではない。

二人はある時間を共有し、その時間は記憶の中に埋もれてゆく。

しかも、人の記憶はあいまいで、夢か現かさえさだかではない。

また、人の記憶は、過去・現在・未来という時制をも超えているようである。
というか、記憶の中の出来事は、いつでも現在進行形なのかもしれない。
「きことわ」は、過去と現在、夢と現、おまけに人物さえもが判然としないような、不思議な物語世界を作り上げている。

小説には珍しく、付箋を付けたいような上手い文章にも度々出会あう。
もし欠点があるとすれば、あまりに完成されすぎている、ことかもしれない。
先はまだまだ長いのである。
それにしても、天は二物を与え賜う。
by fu-minblog | 2011-01-30 12:38 | | Comments(0)


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