ひとりあそび


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カズオ・イシグロ「わたしたちが孤児だったころ」

長い悪夢みたいだった「充たされざる者」の次に読んだイシグロ作品は、この「わたしたちが孤児だったころ」である。
主人公が私立探偵、ということなのだが、いわゆる何か事件を解決するような探偵小説ではない。
それどころか、主人公がどんな事件を解決したかについて、具体的に語られることもない。

全篇はPARTⅠからPARTⅦまで、日付と場所がきちんと記されているにもかかわらず、時代も場所も分らなくなり、迷子になったような気分になるのは相変わらず?である。


c0026824_17344544.jpg上海で暮らしていた主人公の両親が立て続けに失踪するという事件が起き、10歳でイギリスの叔母に引き取られることになる。

それ以来、いつか両親を捜しだすために、秘かに探偵になることを決意する。そして、ついには名探偵として世間に認められまでになるのである。

やがて彼は、満を持して両親を捜すために上海に舞い戻ることになる。時はちょうど日中戦争勃発の頃であった。しかし、この辺りからまたもや悪夢が始まるのである。

だいたい、両親の失踪から20年以上経っているのに、主人公は上海のある場所に幽閉されていると信じて救出に向かうのである。その描写が実におどろおどろしくまた長い。

かと思うとまた現実に戻り、両親の失踪の真実を彼は叔父の口から聴くことになる。母親が失踪した時、彼が騙されてついて行った叔父の口から。
そして、その真実は、彼の想像をはるかに超えたものだった。

わたしたちが孤児だったころ、とはいったい何時ころのことなのだろうか?
それは、まだ子どものころのことなのだろうか?
それとも、大人の真実を知ってしまうまでのこと、あるいは、親の愛を心から信じられるまでのこと?

静かな感動を与えつつ物語は終わったので、救われました。
これでひとまず、カズオ・イシグロから離れさせていただきます。
by fu-minblog | 2015-07-28 19:21 | | Comments(0)

カズオ・イシグロ「充たされざる者」

「充たされざる者」上巻を読み始めた時は、途中で挫折するのではないか、と思った。
それが、なんとか読了できたのは、一つには図書館で借りた本だった、からかもしれない。
2週間、という期限があったのが、かえってよかったのかもしれない。

c0026824_16464037.jpg


とにかく、不思議な小説で、最初から最後まで、悪い夢を見ているみたいなのである。
また、シュールで実験的な作品であるということで覚悟はしていたが、とにかく、長い!
悪夢や実験的な作品は、できたら短い方が私的には望ましい。

それでも最後まで読みおおせたのは、やっぱり、何かに惹きつけられたからではある。
それが何なのかはっきりとはわからないのだが、それこそがカズオ・イシグロのマジックなのか?
それと、文章のほとんどが会話であることも、この本を読み易くしているのかも。
とにかく、登場人物の饒舌さに圧倒される。

主人公は、ある著名なピアニストで、ある街へ頼まれて演奏にやって来る。
その演奏会「木曜の夕べ」までのたった数日の物語である。
ところが、主人公は次々と起こる不条理な出来事に巻き込まれ、いつも、最優先すべき問題をおろそかにするハメに陥り、永久に目的地に辿り着けない。

最初のうちは、それが何とも歯がゆく、ひよっとしたら「充たされざる者」とは読者のことではないのか、と勘ぐったりもした。
しかし、そのうち、そういう状況にも慣れてきて?可笑しささえこみあげてくるのだった。
運命に抗えぬにんげん、不条理な人生、混迷した社会、20世紀末の閉塞感は、救いようもなく今に続いているのかも。

懲りずにまたカズオ・イシグロの本をもう1冊、図書館で借りることに。
by fu-minblog | 2015-07-16 18:19 | | Comments(0)

カズオ・イシグロ「夜想曲集」

週末曇り空だと、とくに雨上がりなんかだと、悩ましい。
庭の草取りをするべきかどうか、ハムレットのように?悩むのである。

昨日もそんな一日だったのだが、午前中グズグズしているうちに、午後から雨が降ってきた。
そこで心おきなく?読書に没頭、カズオ・イシグロの短編集「夜想曲集」を読み始めたら面白くて止められず、一気に読み終わった。

c0026824_7413753.jpg「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」という副題のついたこの本、長編とはまた別の、カズオ・イシグロの才能と魅力にノックアウトされたのだった。

五つの物語はどれも音楽にまつわる話で、登場人物もミュージシャンが多い。けれど、そのミュージシャンたち、芽の出ないギタリストだったり、老いた歌手だったり、けっして演奏しないチェリストだったり・・・・・
そして、五つの物語に通奏低音のように流れるのは、男と女の黄昏、壊れかけた絆。

かといって、けっして深刻な話ではなく、「降っても晴れても」や「夜想曲」などは、お腹をよじって、涙を流して笑い転げた。主人公が偶々巻き込まれる、悪夢のような、シュールとさえいえる出来事は、まさしく人生の不条理さをあらわして滑稽。そして、すべての物語は、余韻を残しつつ終わるのである。

カズオ・イシグロの本は、「わたしを離さないで」「日の名残り」そして先日の「忘れられた巨人」に続いてこれが4冊目である。
そして今、いつもの悪いクセがむくむくと頭をもたげ、カズオ・イシグロ全点踏破ならぬ全作読破(といっても日本語訳があるものだけ)してみようか、などと思っている。

さいわい、カズオ・イシグロは寡作なので、そう多くはない。
実はもう、図書館から「充たされざる者」上下巻を借りていて、これから読むところである。
ただ、この「充たされざる者」、かなりのボリューム、さて、無事完読できるかどうか???

ちなみに、今日は迷わず草取りデス!
by fu-minblog | 2015-07-05 08:48 | | Comments(0)

「忘れられた巨人」 

山口小夜子騒動?で中断していたカズオ・イシグロ著「忘れられた巨人」を、この週末に読み終えた。
入り込むまでは少々時間がかかったが、次々展開するストーリーの面白さにぐいぐい惹きこまれ、ミステリーではないが結末が気になった。
映像的というか、頭の中でまるでファンタジー映画を見ているようなのだった。

c0026824_1832528.jpg


アーサー王没後のブリテン島、ブリトン人のアクセルとベアトリスという老夫婦が、ある日息子に会いに旅に出る。
しかし、当時ブリトン人と別の民族サクソン人がおり、二つの民族は言葉も文化も信仰も違っていた。
おまけに、地上は人々の記憶を失くす奇妙な霧に覆われていた。

二人はアーサー王の甥の老騎士、サクソン人の戦士、同じくサクソン人の若者などと旅の道連れになる。
また、二人の前には、鬼や妖精や雌竜が現れ、とくに雌竜の吐く息が霧の原因だと分かる。
・・・というストーりーの、その奥にある深い意味とは?

この物語の中に、たった一ヶ所「忘れられた巨人」という言葉が出てくる。
それは、記憶を取り戻すためにサクソン人の戦士が雌竜を退治した時のこと、
「かって地中に葬られ、忘れられていた巨人が動き出す」と。

アクセルとベアトリス夫婦の間にも、懐かしい記憶とともに、悲しい辛い記憶もあった。
民族と民族との間にある古い憎しみの記憶もまた甦る。

記憶とは何なのか?
記憶を消すのではなく、良い記憶をできるだけ多くとどめることができれば、と思う。
by fu-minblog | 2015-06-29 17:56 | | Comments(0)

乱読・濫読

画家横尾忠則氏はエッセイストでもあり、本も何冊か出されているが、すぐれた書評家でもある。
いまA新聞の日曜日読書欄で書評家の一人として担当されているのだが、私は横尾氏の書評が好きで、読むのをいつも楽しみにしている。
そして、モチロン、今日の書評も楽しみにしていたのだった。

一昨日の公開制作で、いま一番時間を費やしているのがこの書評のための読書だと言われていた。
そして、読んでいるときは集中しているが本を閉じたら忘れると聞き、ミョーに安心したりした。
それにしても、「隠居宣言」以後ますますエネルギッシュである。

私の読書はたんなるヒマつぶし、手当たりしだいってかんじなのだが、感想とも言えない備忘のためにソロソロまとめておくことにした。
そうでないと、内容はおろか、読んだことさえ忘れそうなんである。


c0026824_16502161.jpgこの本は、実は今日1日で読んだ。イソップ童話の「アリとキリギリス」でいえば、私は100%キリギリスなので、働かないアリってだけで読む気になった。

私たちは、いつでもすべてのアリが勤勉に働いていると思っている(イソップも)が、実は巣の中では7割のアリが何もせず休んでおり、中には死ぬまで働かないアリもいるそうである。しかし、働かないアリは要らないかといえばそうではなく、彼らはイザというときのための非常要員、すなわち余力なのである。

アリとヒトは、社会性生物という点では同じであり、アリの社会から学ぶことが多い。たとえば、ある程度バカな個体がいる方が組織としてうまくいくのである。つまり、効率ばかり優先してムダを許容できない社会は亡びるのである。あと、個と社会、利己と利他など、自分の身に置き換えて考えさせられる。


c0026824_1822080.jpgなぜ突然俳句なのか?それは、ある日偶然新聞で目にした一句にシビレたからである。

〈じゃんけんで負けて蛍に生まれたの〉池田澄子

俳句の好きな方なら当然知っているこの句を、私は初めて知ったのだった。即アマゾンに句集を注文、2冊のうち1冊が届いた。10日ばかり前のことである。以来折に触れては本を開きページをめくる。

上の句もそうだが口語体の実に斬新な俳句に、ただ圧倒される。好きな句を選びたいところだが、今の私にはそれさえムリってかんじ。またの機会にさせてもらう。

〈じゃんけんで負けて蛍に生まれたの〉のショックから、いまだに抜けだせないのである。実は一瞬、我もしてみんとて、と血迷ったのだがすぐに諦めた。


c0026824_2044685.jpg順序としては前になるので、記憶を溯ることになる。「日々の名残り」というカズオ・イシグロの小説は、老執事の過去と現在を行きつ戻りつしながら、心の中に生きる過去、あるいは記憶が活き活きと描かれる。それはまるで、現在よりもよりリアリティがあるかのようである。

この抑えた筆致、静かな世界は何なんだろう。とても作者30代の作品とは思えない大人の小説である。大人の国イギリスと、作者の文学的才能が見事にマッチしたような気がする。

私は他に「わたしを離さないで」しか読んでないのだが、作品ごとにテーマを明確に変えてゆく作家のようである。この本を枕元に置いて夜な夜な読んでいたのだが、記憶というのは、時には胸を締め付ける残酷なものであり、記憶から逃れたい、と思うこともしばしばあるのだった。


c0026824_2123140.jpgこの本はさらに前、ほとんど記憶にございません。テレビを見る時間が減り、その分本を読む時間が増え、とにかく、読む本がないと落ち着かないんである。これってほとんどビョーキ?

この本も出版された当時は無視していたのだが、結局読むハメに。これもいつも枕元に置いて寝る前とか、夜中に目覚めて寝付かれない時とか、あるいは早朝に読んだりしていた。その意味では役に立ったと言えるかも。

人間、必ずしも忘れることは欠点ばかりではない。1冊の本が何度でも楽しめたりするのである。もしもう1度この本を読んだら、へえ!とか思うのではないか。

「非現実的な夢想家」なら、きっと許してくれるのではないかと勝手に信じている?


実はあと何冊か新書を読んでいるのだが疲れたので省略。
やっぱり、サボらずすぐに書かなきゃいけません。
by fu-minblog | 2011-06-19 22:15 | | Comments(2)

「わたしを離さないで」

c0026824_1537371.jpg今年の春から読み始めて、しばらく中断、やっと読み終わりました。
日本生まれのイギリス人作家カズオ・イシグロの最新長編、といってもイギリスで一昨年、日本では昨年発売です。
お気に入り番組、週間ブックレビューで紹介され、本屋でたまたま見つけてしまったのが運のツキ・・・

ナントモ不思議で不気味な小説です。
本の末尾、柴田元幸氏の解説によると、『細部まで抑制が利いていて、入念に構成されていて、かつ我々を仰天させてくれる、きわめて稀有な小説』とあります。
ただ、私的には、抑制が利きすぎで、しばしば眠くなってしまうのでありました。
土屋政雄氏の翻訳が、翻訳であることを忘れさせるほど自然で美しい文体なのがせめてもの救いです。

31歳の女性が、自分の生まれ育ったある施設での、青春時代を回想する形で話は進みます。
それは、どこにでもありそうな全寮制の学生の日常、生徒同士の喧嘩や友情や恋愛が淡々と描かれるのですが、読み始めて間もなく、どこかフツーでない、奇妙な感覚におそわれます。
それは、介護者とか、提供者とか、保護官とかいう、あまり耳慣れないことばが、ごく当たり前に出てくることから始まります。

・・・・・やがて私たちは気付くのです。その違和感の正体を。
けれど、それを認めるのが怖い、口に出すのが憚れる、きっとそうだと分かっていても・・・
・・・と、思わせぶりなのですが、はっきり言って、もやもやした感覚は最後まで続き、読み終わってもまだ続く、って感じです。
ヘールシャムという世間から隔離された場所に、私たちもまた迷い込むかのようです。

私が一番怖かったのは、このようなことが現実に起こることではなく(起こらないと信じたいから)、彼らがなぜ自分たちの真実に気付かず、自分たちの運命に逆らわず、黙って従ったかということです。
結局行き着くところは人間とは何か、ということなのですが、フツーに笑い、泣き、怒り、レンアイし、セックスする人間?が、なぜただ一つ、自分たちの不条理な運命を当然のように受け入れるのか、不思議でした。
彼らがフツーであればあるほど、その想いが強くなるのでした。
by fu-minblog | 2007-09-07 17:50 | | Comments(2)


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