今年の春から読み始めて、しばらく中断、やっと読み終わりました。
日本生まれのイギリス人作家カズオ・イシグロの最新長編、といってもイギリスで一昨年、日本では昨年発売です。
お気に入り番組、週間ブックレビューで紹介され、本屋でたまたま見つけてしまったのが運のツキ・・・
ナントモ不思議で不気味な小説です。
本の末尾、柴田元幸氏の解説によると、『細部まで抑制が利いていて、入念に構成されていて、かつ我々を仰天させてくれる、きわめて稀有な小説』とあります。
ただ、私的には、抑制が利きすぎで、しばしば眠くなってしまうのでありました。
土屋政雄氏の翻訳が、翻訳であることを忘れさせるほど自然で美しい文体なのがせめてもの救いです。
31歳の女性が、自分の生まれ育ったある施設での、青春時代を回想する形で話は進みます。
それは、どこにでもありそうな全寮制の学生の日常、生徒同士の喧嘩や友情や恋愛が淡々と描かれるのですが、読み始めて間もなく、どこかフツーでない、奇妙な感覚におそわれます。
それは、介護者とか、提供者とか、保護官とかいう、あまり耳慣れないことばが、ごく当たり前に出てくることから始まります。
・・・・・やがて私たちは気付くのです。その違和感の正体を。
けれど、それを認めるのが怖い、口に出すのが憚れる、きっとそうだと分かっていても・・・
・・・と、思わせぶりなのですが、はっきり言って、もやもやした感覚は最後まで続き、読み終わってもまだ続く、って感じです。
ヘールシャムという世間から隔離された場所に、私たちもまた迷い込むかのようです。
私が一番怖かったのは、このようなことが現実に起こることではなく(起こらないと信じたいから)、彼らがなぜ自分たちの真実に気付かず、自分たちの運命に逆らわず、黙って従ったかということです。
結局行き着くところは人間とは何か、ということなのですが、フツーに笑い、泣き、怒り、レンアイし、セックスする人間?が、なぜただ一つ、自分たちの不条理な運命を当然のように受け入れるのか、不思議でした。
彼らがフツーであればあるほど、その想いが強くなるのでした。