私がこの本のことを知ったのはほんの偶然、新幹線に乗り際に買った週刊誌の記事であった。
取材に14年、執筆に4年ということもあったが、それよりなにより、著者久木綾子さんの年齢である。2008年出版当時で89歳、遅咲きの新人作家デビューであった。
いったいどんな小説なのかは勿論、久木綾子という作家に対しての興味がふつふつと湧いたのだった。
ただ、私があまり読んだことのない歴史小説でもあり、苦手な長編でもあり、買うのを躊躇していた。そこで一計を案じ小説好きの友人にススメてみたところ、すぐに購入、先に読んでと回ってきた次第。これも何かのご縁、さっそくこの週末に読ませていただきました。
いやはや、圧倒されました。
14年かけた取材、難しい宮大工の専門用語や知識、五重塔という特殊な建築の工法、中世の歴史や地理の勉強等など・・・
その情熱、行動力には頭がさがります。
しかし、久木さんをこの小説執筆に駆り立てたのは、山口県瑠璃光寺五重塔を訪れ、国宝の「巻斗」に書かれた次の墨書を見たからだという。
「嘉吉二年二月六日/此のふでぬし弐七/年みずのえいぬむま(うま)時」
彼女はいう。「この巻斗の文字からすべてははじまりました。この日、優美な五重塔と、それを建てた若い番匠の物語を描きたいと、初めて願いました」
久木さんはまた、岡山県総社市の五重塔(私の好きな備中国分寺五重塔)にも、その修理工事中に七回も通われ、現場にも入られている。
私もたまたま昨年五重塔の内部を見る機会に恵まれ、あらためて感動したことを思い出す。
しかし、久木さんは、五重塔を見た後18年をかけて、この「見残しの塔」を完成させたのである。
専門用語や難しい漢字が多く、私にはけっして読み易い本ではない。
しかし、登場人物の清々しさ、当時の人々の大らかさ、自然とともに生きる人間の逞しさと謙虚さが
清水のようにこころに沁みてくるのである。
これは勿論小説ではあるが、五重塔を見るたび、塔を建てた古の人々に思いを馳せることだろう。