相変わらず向田さんの本を読んでいたのだが、少々ペースが落ち、おまけに別の本も挟まれた。
「無名仮名人名簿」というエッセイ、「向田邦子全対談」、短編小説集「思い出トランプ」、長編小説「あ・うん」の4冊である。
「無名仮名人名簿」は、向田さんの珠玉のエッセイ、「父の詫び状」「眠る盃」「夜中の薔薇」「霊長類ヒト科動物図鑑」に続いて5冊めのエッセイである。
今さら私がとやかく言うのも気が引けるというもんだが、まさに名人芸とはこのことである。
向田さんは自分の脚本をほとんど棄ててしまわれたそうである。
しかし、乳癌手術の後遺症で一時右手が使えなくなり、左手で書かれた「父の詫び状」以来、エッセイ、小説を書かれるようになる。
そのおかげで、向田さんの作品が本として残されたことは、怪我の功名、いえ病気の賜物といえる。
「向田邦子全対談」では、その辺りのことも気軽に語っていて興味深い。
17人の対談相手と、映画やドラマのはなし、旅行のはなし、そして一番多いのが食べもののはなしと、文章の達人は会話の達人でもある。
なかでも一番印象に残るのは、非常に聞き上手だということで、頭の回転の速さにも驚く。
「思い出トランプ」は、直木賞受賞作品「かわうそ」「犬小屋」「花の名前」を含む13編が収められていて、エッセイとはまた違う、味わい深い短編集である。
一見フツーの家族の、一見幸せそうな家庭の、その奥に隠された秘密。
ヒトは、その秘密を抱えたまま、何食わぬ顔でいつもの生活を続けるのである。
「あ・うん」は向田さんの唯一の長編小説(らしい)。
ドラマにもなり、私はたまたまこのドラマは見た記憶がある。
二人の男と一人の女、男二人は無二の親友であり、一人の女はその親友の妻である。
刃傷沙汰もなければ、さしたる修羅場もないこの三角関係。
これぞオトナの男女の機微、とでもいうのだろうか。
「あ・うん」の中の一節、「おとなは、大事なことは、ひとこともしゃべらないのだ」。
何を隠そう、向田さんの本は、自分に一番欠けているものを指摘されたような気がする。