芥川賞受賞作品は文春で読むことが多いのだが、「きことわ」はちょっと先に読んでみたかった。
「流跡」の後に書かれた作品はどんなかな?と、興味があったからである。
まづ、「きことわ」というのが、何かいにしえの言葉かなと思っていたら、貴子と永遠子という名前を合わせたものだった。
その貴子と永遠子が、25年ぶりに一緒に過ごした別荘で再会することになる。
当時貴子は8歳永遠子は15歳、友だちというよりは姉妹のようだがほんとうの姉妹ではない。
二人はある時間を共有し、その時間は記憶の中に埋もれてゆく。
しかも、人の記憶はあいまいで、夢か現かさえさだかではない。
また、人の記憶は、過去・現在・未来という時制をも超えているようである。
というか、記憶の中の出来事は、いつでも現在進行形なのかもしれない。
「きことわ」は、過去と現在、夢と現、おまけに人物さえもが判然としないような、不思議な物語世界を作り上げている。
小説には珍しく、付箋を付けたいような上手い文章にも度々出会あう。
もし欠点があるとすれば、あまりに完成されすぎている、ことかもしれない。
先はまだまだ長いのである。
それにしても、天は二物を与え賜う。